@mhj333
形状を失い不定形になった

朽ちた鶏肉 #もへミスト

 

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 杏ノ丞が書く小説はメチャクチャである。内容もメチャクチャだが、文脈もムチャクチャだし、文頭と文末が繋がってないなんていうのはザラで、次の一行と一行の間にまったく関係のない一行が挟まっていたり、さっきまでと舞台そのものが違ったり(たとえば、上野の下町で始まって、いつの間にか舞台がスペースコロニーになっていたりする、そして当たり前のようにそのまま話が進む)、主人公が別人になっていたり(どう考えても冒頭でされた描写と違う、学校帰りに誘拐されたのに元軍人だったり)とかする。
 ハヤカワの父親(つまり、速川書房の社長)は「そういうところがいい」と言っており、ごく一般的な感性を誇る病島としては「世も末」以外の感想は一切浮かんでこないわけだが、それでも、まあおそらく、あの杏ノ丞という男があまりにも多作なものだから、ニホンザルがウォルト・アンバーの戯曲を書くような奇跡が起きることもある。
 とはいえ、おそらくあの男は本当にその瞬間書きたいものしか書かないせいで、そういう部分は一瞬で過ぎ去ってしまうので、総合的に見て駄作でないとは言い切れないのだが――それはこういう話だった。冒頭は意識を得た缶が人権を主張すべく旅に出る物語だったが、中盤で「足が棒のように」と言い出したあたりから缶が転がっている設定は急激に無視されだし、海に辿り着く頃には完全に平常な男性になっている。そしてここまでの旅行(もはやこの時点では「逃避行」になっている)の意図が、襲い来るカエル的怪異から逃げ延びるためであったことが急に解説されるのだ。最終的に浜辺で男はカエルと対峙するのだが、彼はここで急に沈む夕日を見て、自分の前世が橙色の眼をしたヘビであったことを思い出す。そしてアイスピックを逆手に握りしめてカエルに突撃していくのだが、舌を二つに引き裂いて、紫いろの煙を浴びたところで、急にプラスドライバー(アイスピックではなかったのか?)の先端の金属部位が化学反応を起こして閃光を放ちながら爆発して終わる。
 病島には実感がなかったが、前世の記憶というのはこの街では突飛なものではない。かつて地球上の人類の半分のうちでただ一人、病島に好意を持ってバレンタインにチョコレートを持ってきた嬢(ちょっと腹が立って当たっても黙っているし、セルライトは目立つが胸がデカくて大人しくて黒長髪だったので頻繁に呼んだ)が、その行為によって「無関心的である」という最大の身勝手な選定要素を踏みにじった嬢を殴……ると怒られるので菓子の包装紙のほうを壁に投げてから原型もなくなるまで地団駄のように踏みつけにしてから「帰って」と言って、そのときに彼女が言ったのだ。前世はカマキリだったの、あんなに愛してたのに、怖いぐらいにお腹がすいて、胸が苦しくなって辛くて食べちゃった……
 病島はそれを思い出しながら、プラスドライバーだったアイスピックで人の面をしたクソ虫を節ごとに解体する瞬間を思い描いた。
 共感する理由は分かった。病島もまた、毎日その胡乱な先のとがった何かを逆手に握って生きているのだ。


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「病島くんはよく行く気になっもんだなあ」
 赤毛のクソが言った。
 病島に言わせてみればこの世の人間は全員クソだ。色違いのクソども。黒いクソ、赤いクソ、赤茶けたクソ。帽子被ったクソ。
「こんなことになるって分かってたんなら来るわけねえだろクソが」
 詳細は省くが今回もオドロシ出版の無策な一行は死ぬ目に遭っていた。具体的には、市街をぶらぶらしていたら収まりようのない激烈な地震、警報、崩れ去る国道、全力疾走、ない体力、軽いねんざ、地獄……地獄だった。
 静岡は浮いた。地上は遠ざかっていき、国道のむきだしになった基礎は至近距離でも会話が通じないぐらいの轟音を立てて虚空に吸い込まれていき、病島は気が付いたら地面に伏して這い歩いていて、最終的にきとらに首ねっこを掴まれてひきずられてあちこちを擦りむいた。
 そして一向は崩壊と反対方向、つまり富士に向かって歩いている。
「これは一悶着あるな」
 杏ノ丞は爛々と目を光らせた。彼は厄介事がこの世で2番目に好きだ。1番はたぶん酒。
 霧。ひどい霧で、とにかくひどい霧だった。霧はひどく、とても霧がひどい。歩けば歩くほど霧はひどくなっているし、どこまで歩いても霧はひどかった。
 そして、あっという間に周囲はゴーストタウンになっていた。
「なんか、寒くなってきたね……」
 クソが連れてきたクソがクソに言った。かぼそい感じの少女全般、綺麗に地雷だった。病島は舌打ちした。
「そうだね。高度が上がってるのかな、雲に突っ込んだのか……だったらもっと寒いね、なんだろうねこの霧は」
「あたしは寒くないよ」
 きとらは岱赭をジッと見て言った。彼女は腕まくりしたままだった。病島は彼女が腕足を露出しているほうが異能を扱いやすいと言っていたことを思い出し、思い出したことでまた苛ッときて舌打ちした。
「灯兼くん、彼女はね……悪い子じゃないんだ。性根以外はね」
「なにそれ。あんた、自己紹介?」
「もちろん」
「キレそ~」
「すごくコウちゃんの知り合い感がすごい」
「わかる~」 きとらは岱赭に握手を求め、無表情のままぶんぶん振った。
「言うね~」
「待て。誰か来る!」
 杏ノ丞は叫ぶなり、蹴りかぶって右足から下駄を発射した。
「咄嗟にその反応ある?」
「ン゛ア゛痛゛ア゛ア゛ァァァァ!!!!!!」
 きとらの声を掻き消して霧の向こうから絶叫。
「何ィイッッッッッ何ンンなのよもォォォォオオォンンン勘弁してよォオォォオあっ、あっ、あっ人間じゃねーか!!!!!1???? 人間かよテメェら!!!!! 人間なら先に言えよオォォンお前ら俺が誰だか分かっててこんなことしてんのかよォォォ!!!! オルァァァァ!!!! 人間様の癖に天空(ゼウス)様にタテついてんじゃねェッェッンンぞおォォォォォンン!!!! 平手ついて謝罪しろオルァァァアアァァツ!!!! 慰謝料代わりに食糧ォォオォォツ……あっ……いっぱいいる……いっぱい……5人ン? ま、まじ? 5人……ゲタのオッサンしか見えてなかった……霧ヤベくて……マジか……すんません俺ちょっとマジでもう6時間ぐらい(盛ってる)何も食べてなくてちょっと錯乱しててアッ土下座するんで下駄も舐めます許してもらってアッあのついで言うとホームセンターの富士見屋ってどのへんか教えてもらってもっていうかアッッッすんませんちょっと調子乗ったんですけど教えろとかそういうことじゃなくてよかったら後ろついてっていいっすかってかマジここまでかなり一人でマジで心細さMAXベットっつうかヤバいんすよこのへんマジでなんかわけわかんない腕生えたかたまり? っぽいのうろちょろしててマジでヤバくてホントこのままだと死ぬって思ってたンでマジで後ろをほんと2mぐらい離れて這ってもいいんで一緒に連れて行ってもらっ……」
「急に現れてバッタみたいに土下座しだしたお兄さん何? 誰?」
「わからんが今のでセーブポイントとシンボルエンカウント式エネミーの存在が明かされたな」
「話がはや~い」
「すんません本当になんでもするんでついていかしてください」
「富士見屋、国道沿いに本店あるね」
「え、どうしてホームセンターを目指す流れになってるんですか?」
「いいか小娘、屍人騒乱(ゾンビパニック)ものの定番だ。まずホームセンターでセーブする」
「そして初期装備にネイルピック」
「爆竹は?」
「あっこの子飛び道具だ」
「HPは低いがギミックが多い」
「アンタ、ウゼェから顔上げて。何があった?」
 病島は天空(ゼウス)の襟首を掴んで虹色に染められた頭を持ち上げ、テープレコーダーを突きつけた。
「あ、い、いや、こう、アッ、なんか、ヤベェのがいっぱい、こう、なんかいっぱい……」
「ゾンビ? 幽霊とか、カメラに映んないのだったら蹴り飛ばすから正直に言えよ。いま俺すっごく虫の居所が悪ィの。もっとしゃんとしてくんないと人権って概念がなんだったのかわかんねえ目に遭うぞ」
 鼈甲縁の向こうの病島の眼は沼のように昏い。
「ハイッッッッ!!!! ばけもんが居ましたアアアッ!!! ひとの腕っぽいのがいっぱい生えててエエエ!!!」
 隊列に新たに加わった虹頭のクソは地面の上に突き立てられたマチ針のように真っ直ぐになった。
「逃げてきた?」
「ウス」
「貴重なご意見ありがとう。俺らオドロシ出版っていうのね。これ名刺」髪の中に差す。
「ウス」
「病島くん? インタヴューはもういいかい?」
「いいわけねえだろ。何一ついいことなんかねえんだよ、分かってんのか?」
「もちろん、俺は分かってないよ?」
 赤毛のクソが笑う。
 このとき、誰ひとりとして気が付いているものはいなかったし、これから気が付くこともなかったが、無作為で乱数的ではあるものの、結果として挟み撃ちをするように一行のほうへ道の先と後ろから迫っていた当該の「ばけもん」が、匙谷キムラと鉢合わせて足止めされたことにより、同じ無作為で乱数的な理由によって道を逸れ、さらにまた同じく無作為で乱数的な限界状況下での発狂によって富士見野本店の外へ飛びだした人間がおり、これをばけもんたちが追いかけていったことによって、一行が匙谷キムラを送り届けるまでの間、本店周囲のばけもんが手薄になっていたのはまったくの偶然ではなかったのだ。それは匙谷キムラの持つ異能の成せる技であり、さらに彼は先程の土下座の際にダンゴ=ムシを一匹踏みつぶしていた。天に神(ゼウス)ぞしろしめし、世はなべてこともなし。

 それでも病島定の胸に去来するものがあった。
 不安でもなければ恐怖でもなく、期待でもなければ興味でもない。しかし惰性でも打算でもない。
 それは周囲を囲む霧よりも浅い薄靄で、まだそれが何なのか、彼自身ですら分かっていなかったが、舌を打ちながら無意識に右手で掴んだ虚空には、おそらく本当は何か握っていたのだ。その時もう既に。


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~不愉快なオドロシ出版特捜部~
 病島:取材。毎日が低気圧の生理前。
 杏ノ丞:取材。暇潰し。毎日が雷雨の日本晴れ。
 きとら:毎日が暇潰し。
 公雉郎:探偵。取材も兼ねる。
 岱赭ちゃん:公雉郎に拉致られた。探偵。

借りました 岱赭ちゃん/さちこ キムラ/黒天使


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