@mhj333
人間の普遍的な心理

BC財団/特別休暇申請についての詳細 #XXPROJECT

 

 現在謹慎中の管理者Danの提案により、勤務中の一部財団職員について、特別休暇申請の受付を行う運びとなりました。
 観光ビザの手配を行う為、希望者は1月中にサイト-20事務局より、特別休暇申請書類を記入のうえ、同局まで提出願います。

 期間:2月度任意~4月1日迄
 行先:ゴール王国
 人数:レベルC通常職員以上、申請者50名迄。審査あり。
    天照派遣調査団随行者は特別功労を認め、審査及びビザ手配について優遇します。

 本件に関しての詳細は、管理者Dan(Etell:███-████-████)までお問い合わせください。

 管理者Ark

※注記:Arkは本件の詳細についての質問はお受けできません。
   【間違っても】私の研究室へ問い合わせないように。

__________________________________




「まったく賛同しかねます」

 Arkはいつになく不機嫌だった。Danの謹慎のみならず、彼が映像記録の提出を停止したことで、M-2988の収容記録が少なくとも政府へ提出するのに「充分」とは言えない状態だった件について、威圧的な渉外をせざるを得なかった件についても、M-0128がClosedした件についても、サイト-01にMが侵入した件についても、今朝の寝覚めの悪さについても、本日ほどまでに彼を苛立たせる日は珍しかった。
 輪をかけてこれである。デスクで頬杖をつく彼の目の前には、謹慎中であるはずのDanが立っていた。

「そもそもなぜあなたがここに? 公認財団のセキュリティはこれほどまでに無能なのですか?」
「"お願い"したんだ、Ark。彼らは私をいくぶん同情的に見てくれる」
「人間性に訴えかけることで服務規程を破らせた事実を詩に編む必要はありません。私はこれから彼らの減給について考えなければならず、これによって最低でも2つのタスクが増えました。それで? 私の短い休憩時間を途絶させたことについて、嫌がらせ以外の用事があるなら手短に済ませてください、Dan」

 Danはため息をつき、染みだらけの髪に筆記された【リスト】を取り出した。

「これは?」
「署名だ。トメニアのアンスロースたちが組んだレジスタンスによる、嘆願書のコピーだよ。既にロイヤルは支援を決定し、物資も準備している。一部は到着している頃だろう。故に私は――」
「蛇足ですね」
「なに?」
「理解できますが、賛同しかねます。さらに言えば、私にそれを依頼しに来ることについては理解さえ及びません。なぜ協力が得られると?」
「君にも人の心があると思ったんだ」
「論じるまでもない。権利と引き換えに故郷を見放し、泥船を乗り換えろと煽ることが人徳だと? 移住先の候補は北ヨークですか。ところで、移民問題についてご意見をお持ちですか、Mr.D? 雇用者の首が挿げ変わるだけだと考えたことは? ブリテン国民の何割が、移民につぎ込まれる公費について"不適切"だと考えているかご存じですか? "プロレ"を失った独裁国家にどういった可能性が残るのかについて、社会学的な見地は? 1944年、ポーラスカのレジスタンスが同じことをしたとき、何が起こったかを憶えておいででないのですか?」

 Arkは顔色ひとつ変えなかった。

「では、君は、彼らがほんの国境線をひとつ隔てただけで、一切の権利を持たず抑圧されている状況は"適切"だと考えるのか?」

 Danは違った。彼が本当はどうしようもない激情家であることを、Arkは知っている。

「……いいえ。しかし、あなたに冷静な視点が欠けていることは知っています。あと何回死んだら気が済むのですか? いつもいつも都合良く時間が巻戻るわけではないことを理解していますか?」
「当時でさえ、誰かが蜂起しなければならなかった。誇りを失ったままでは誰も希望を得られない。たとえ失敗に終わっていたとしても、レジスタンスが立ちあがったからこそ今の亡命政府がある。トメニアでも同じだ、誰かが立ち上がらなければ……」
「でしょうね。ですが、あなたにそれを語る資格はないのです、Dan。あなたが血狼病で、名を失くし、帰るべき場所を持たないとしてもです。我々が我々である限り、それを語る資格はないんですよ。……不愉快に思いましたか、今の私の発言を? それは私に、あなたを語る資格がないためです。同様に、私があなたがたを疎うのも、彼らに私を語る資格はないからです。お分かりいただけましたか?」

 Arkは指を組んだまま動かない。Danは押し黙った。

「あなたには謹慎していただきます、Dan。個々人が何を考え、何をしているかなど私には――そして財団組織には、まったく関係がありません。しかし、優秀なエージェントや管理者をそういった"些事"で失ってしまうことについては懸念があります。"些事"です、わかりますね? ロイヤルはともかく、我々の目的はマクガフィンを封鎖し、世界の平常を保つことです。蜂起事件に干渉することではありません。戦争さえも我々の目的の前には些事でしかありません。収容に必要であれば意図的に発生させることさえ考える必要があるでしょうね。あなたは管理者でありながら、ロイヤルに寄り過ぎている。"理想"的な職員であれなどと言うつもりはありません、私にも人の心がありますから。とはいえ、謹慎中に他国で死なれては困るのです。純粋に、面倒なので」
「……Ark、君が――」
「私の悪口はチラシの裏にでも書いておいてください。見せなくていいですよ」
「君が誰かに感情移入しないように心掛けているのは、"資格がない"からなのか?」

 沈黙。

「悪かったよ。君の嫌いな雑談はやめよう。本題だけ教えてくれ、レジスタンスへの支援メンバーをBC財団からも募っても問題ないだろうか?」
「……賛同しかねますが、個々人のことですから、問題はないでしょうね。私は一切関与しませんが。服務規程がありますので、渡航許可もこちらからは出しません」
「だが長丁場だ。どうにか彼らに、せめて国境線まで向かう機会をやりたい。仕事を休ませるわけにはいかないと言うのなら、架空のマクガフィンを立てて派遣調査を――」
「黙っていただけますか? そんなことをするぐらいなら希望者全員を休職させます。なんなら退職勧告にしても構わないですが」
「天照を救った英雄たちを?」
「彼らが希望しているのですか? クソが……」
「女王陛下から直々に勲章を賜った職員に退職届を書かせるのかい、渉外担当のArk博士?」
「黙ってください。なら事務局に頼んで休暇申請を出せばいいでしょう。私は知らないぞ」
「ビザはゴールまでで構わないよ。あとはツテを辿っていくだろう」
「もう一度言うが、私は知らないぞ」
「あの死地を潜ったんだ、君の言う優秀なエージェントがこれ以上失われることなんてないさ」
「どうでもいいですね。私はM-0004の使用を命令した時点で、当該の調査団エージェントは六割以上死亡したものとして見積もっていました」
「と言いながら、君がオブザーバーを務めた派遣調査団が戻らなかったことは一度もない。ある種のジンクスですらある、方舟のArk――」
「用事は終わりましたか? 雑談がしたいのならそこに衣紋掛けがありますのでそいつと喋ってくれ。これ以上話しかけるな」
「げん担ぎに来たんだよ。勇気あるアンスロースたちの無事を願ってね。休暇申請の許可、どうもありがとう」
「ええ、Dan、謹慎お疲れ様です。城に籠ってご自愛ください。二度と来るな」
「さようならArk。"休暇明け"にまたね」
「もう一度言うぞ。【二度と来るな】」


_______________



 Dan、全ての人間が、あなたのように高潔ではなく、毎日善良でいられるわけでもないのです。
 それを理解できない限り、あなたを死地に送ることはできません。……私にも人の心がありますから。


 


via Twishort Web App

Retweet Reply
Made by @trknov