@mhj333
人間の普遍的な心理

花に嵐のたとえもあるぞ

 

「起きてらんなくってさ~、全然……」
「そうなんだ」
「もう全然だめ……でも人にさ、病気だからってあれこれされるの絶対嫌だし、だから寝るのが好きってことにしてさ~……」
「うん。あのさ」
「うん」
「私、遅いんだ」
「そう?」
「うん。いろいろ……わかるのはほんとに後からだし、わかってもわからんし、どうしょもないから」
「ふ~ん」
「だから、興味ないからシカト、ってことにしてる」
「そっかあ~」

 鯨津高校の鏡合わせ、知らない研究所のどこか見覚えのある裏門で、肩を寄せ合って、とりとめもない話をした。
 海沿い、既に黒く沈んだ水平線、祭囃子が遠く聞こえる。

「お祭り、いこっかな」

 隣に座る彼女がぽつりと言った。



 *


 燃え尽きた。
 全て終わったあとの炭みたいに真っ黒なエクスペリアはもう輝かない。
 ばらばらだったことを俯瞰して、理解したようなこともやがて忘れるだろう。
 解けた帯を腕に巻いたまま、ふらふらと這い出して、入ってきたのと同じ裏門へ歩いていった。
 そこに彼女がいた。

 その顔を無崎は覚えていた。

「ああ……」

 思わず声を漏らすと、彼女は立ち上がった。

「誰も来ないと思ってた!」
 ふわふわした足取りで歩み寄りながら彼女は言う。

「誰もいないと思ってた……」
 弥音も言った。

「……話せるんだ?」

 そう。話せないと思ってたでしょう。あの時はほんとうに話せなかったわけだけれど……
 本当は言いたいことなんて無数にあるわけで。
 それでも何も言えないから、一人でいるわけで。
 でなければ、どうしてこんなところまで歩いてくるだろう……一人ぼっちになるためだけに?

「あと少しだけ」

 弥音は言った。どんな花だって咲けば散るものだ。



 *


 とりとめのない会話の最後に、もう一度彼女の願いを叶えてあげることにした。

「ねえ」

 もはや羽織るだけになっていた浴衣を脱いで、被せて前を合わせる。少し焦げた腰紐を千切れないように祈りながら片結びにして、最後に帯を締める。
 人にしてもらったことも、自分でしたこともあったけれど、誰かにしてあげるのは初めてだった。

「名前は?」
 ぎゅっと帯を詰めながら、背中に問いかける。

「名前? 私の?」
 浴衣姿が出来上がっていくのをぽやぽや見守っていた彼女が言う。

「ねむだよ。鎌倉ねむ」

 鎌倉ねむ。
 かまくらねむ。
 眠気に苦しんできた彼女には皮肉すぎる名前だな、と弥音は思った。
 ねむ。
 でも今、彼女はあんまり眠くなさそうだ。
 お祭りを遠い目で見つめる姿に、遠い昔に千重の宴を不安でいっぱいの胸で眺めていた自分自身を重ねた。

「終わり」

 ばん、と背中を叩くと、鎌倉ねむは浴衣を着ていた。
 無崎が着ていた藍染めの古着だった。薄色の長い髪に合わせるとどことなく儚げで、夢の中の子供みたいだった。

「これなら、お祭りに紛れてもおかしくないね」

 良かった。

「ありがと」

 ばしん、と頭の上に被せられたものが何なのかわからなくて、ああ、何か載せられたな、と思ってふっと見上げて、ああ、これは何だろう、とか思ってる間にまた時間が流れていて、そうかもう燃え尽きてしまったからおしまいなんだな、という夜風のようなものがひとつ胸の中を吹き抜けていっているうちに、彼女は誰かに手を引かれるみたいにそっといなくなっていて、
 そして、「またね!」という声が、たぶん彼女が去っていったほうから聞こえたのを知って、
 ああ、またね。
 さよならだ。
 さよならだけがそこにあった。




 じゃあね、鎌倉ねむ。



 眠くなってきた。こんなに走ったり人と話したりなんだりかんだりしたことなんかなかったような気がしている。
 あらゆることがあって、ものすごく疲れた。
 もうそれ以外のことはあまり考えられない。考えている私もいるのかもしれないけれど、ばらばらになって外側にいるからわからない。

 だから……私は少し寝ようかな……

 ねむが残していった制服を抱えて、裏門の垣根に寄りかかって、
 空を見上げると満天の星があって、なにか思いつきそうで何も思い浮かばなくて、目に痛くて、ずっと見ていたら意味もないのに涙が出そうな気がしたから、
 アイマスクを顔に降ろして、無崎弥音はそっと眠りの淵を滑り落ちていった。


 


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