@miobott
みお@文学フリマA-10

【文学フリマ 大阪の新刊「擬する」文章サンプル】

 私がその男に拾われたのは、秋の終わりのことだった。
 長雨がひどく冷たく、凍えるような夜明けの時である。

「お侍様、如何されました。お寒いでしょうに」
 男はそう言いながら笑った。狐のごとく細い目で、彼は私の潜む木陰を覗いたのである。
 辺りは滝のような雨だった。そんな雨に打たれて私は木陰で震えていた。雨がひどく身体を冷やすのだ。刀傷を負った左腕から、血が溢れて止まらないのだ。
「……隠れているのだ。放っておいてくれ」
 私は震える唇で何とかそれだけ紡ぎ出した。声にならなかったかもしれない。私はつい先ほど、人を斬り殺した。いや、斬り合った。女の取り合いだ。
 恋敵に呼びだされたのは山麓の稲荷の神社。気の荒い武家の息子が二人そろって話し合いになるはずもない。気がつけば互いに刀を抜き合い、一歩も引けぬ。覚えているのは赤の鳥居と、笑う稲荷。追って追われて山の中腹まで駆け上がり、気がつけば互いに血まみれで倒れていた。
 相手の男は死んだのだろうか。声をかけても否とも諾とも答えが無い。
 根が小心者の私は、途端に恐ろしくなって逃げ出した。
 這いずるように山道をのぼり、木陰で震えていたところを男に見つかったのである。
「さて……辺りには誰もおりませんよ。大丈夫、この辺りには私くらいしかおりません」
 男は怯える私に構わず、手に持つ棒で木の葉をはね除ける。これほど冷えるというのに、男は白絣の着物を涼やかに着こなしていた。
 その着物の端が赤に濡れる。私の血が吸い上げられたのだ。まるで植物が水を吸い込むように、その赤い血は彼の膝ほどまで染めた。
 そこではじめて、彼は私の怪我に気付いたのか、細い目を丸める。
「酷い怪我を……拙宅がそばにありますので、もしよろしければ傷の手当てなどをされては」
 ぬっと、男が顔を突き出したので、私は真正面から彼の顔をはっきりと見た。
 男は色の白い、目のつり上がった、まるで能面のような顔である。若いのか老けているのか分からない。
 彼は血が付くのも厭わずに私を片腕へ抱える。
 暖かい庵に足を踏み入れるなり、私は安堵したのか情けなくも気を失った。

 目が覚めたのは数日後。看病をしてくれたらしい男に礼をいうも、彼は飄々とかわす。
 ただ唇ばかりが赤く、にぃと笑った。
「この山は冬の訪れが早い。もうまもなく雪も降りましょう。もしお嫌でなければ、春までここで過ごしては如何」


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