@Ki_49_MA
Donryu

〈杉山元帥伝記刊行会編(1969)『杉山元帥伝』、原書房〉~書評のような、ただのメモ~

 まず本書の内容に触れる前に、杉山元という人物の概観を試みてみましょう。次の文章は『杉山メモ』の「資料解説」からの引用です。

「旧陸軍に人多しとはいいながら、杉山大将のように陸軍省、参謀本部、教育総監部、航空本部などの要職全部にわたった人はいないであろう。特に初代の陸軍省航空課長から航空本部長までの経歴は、陸軍航空育ての親と云って過言ではない。また大将の本道と思われる陸軍省では、軍事課長、軍務局長、陸軍次官、陸軍大臣(二回)とその要職を全部に歴任した。参謀本部では次長、総長、教育総監は二度という閲歴は、どこを探しても見出し得ないのである。その間師団長、軍司令官及び方面軍司令官としての武勲も輝かしいものがあった」(参謀本部 2005, pp.130-1)

 しかし一方で彼は盧溝橋事件時の陸軍大臣、日米開戦時の参謀総長にあたり、後世の彼に対する評価は、決して高くありません。例えば、昭和陸海軍を語る「文芸春秋」上の座談会で、保坂正康は「どうして杉山がそこまで偉くなったのか分からない」(黒野他 2007, p.100)と述べています。また黒野耐は「単に時どきの主流派にくっついて泳いで偉くなっていっただけの人に見え」る(黒野他 2007, pp.101-2)とし、座談会は、杉山とは「権限がどんどん下の人間に移ってしまった」ために求められた、飾りとしての「能力のない人」ではないかと分析しています(黒野他 2007, p.104)。

 もちろん彼ら第一級の歴史研究家の言葉には、私も大いに納得するところです。しかし単純な一面化には、慎重にならねばならないでしょう。なぜ杉山は陸軍三長官の歴任という栄達を極めることができたのか。この疑問を私なりに考察する一助として、彼ら歴史家とは異なる、旧軍人の立場から杉山の顕彰を目指した、『杉山元帥伝』に目を通してみたいと思います。

 本書の前半部はいわゆる「大日本帝国」の通史を主とし、それに関連した杉山の事績を、補足的に記述しています。また後半部は杉山に恩寵を受けた元部下らによる「思い出」語りとなっています。ここから私が読み取り得た杉山の栄達の理由は、概ね次の三点に集約できます。すなわち彼の〈国際性〉、〈人間性〉と〈先進性〉です。以下、その要点を本文中より抜粋してみます。


〈国際性〉
・「杉山(元)大尉は陸軍大学校を卒業し、参謀本部々附として第二部(情報担当)員となった。そのとき初めて英米班が作られ、杉山はその編成に参画した。杉山が後年大をなす素因の一つは情報勤務によって眼を世界情勢の大局に向けしめたところにあった」(pp.20-1)

・元参謀本部第二部長有末精三「情報に就いての視野が広く、また、その構想の非凡であった」(p.23)。

〈人間性〉
・有末「人に接する、人をもてなすことの慇懃といふか所謂枯れた、つまり洗練されて居た」(p.23)

・元帥副官小林四男治「記憶力旺盛で、且つ自分の案は常に腹に在り(中略)反面決して、自案を強要されず、部下の総意を待って、方向を示された」(p.256)

・元参謀次長秦彦三郎「杉山元帥ほど人を好き嫌いしない人は珍しい。従って人事にかんしてはむしろ冷淡なほど無関心で、誰でもよいという風であった(中略)しかし部下に対して無関心であるのではなく、よく部下の姓名などを承知しておられた」(p.284)

・元大本営陸軍部戦争指導課長甲谷悦雄「私がもっとも感銘を受けたことは、文字通り『信を部下の腹中に置く』といった風な、杉山参謀総長の部下に対する信頼であり、古来の名将に劣らぬ将帥としての大器であった」(p.300)。

〈先進性〉
・「陸軍航空の発祥のころからこれに関係し(中略)航空への関心と理解の抜群であることは自他共に認めるところであった」(pp.26-7)

・「杉山はインド駐在武官の末期、中近東の戦場を視察して、飛行機の活躍状況と機甲部隊の威力、すなわち近代戦の様相を実地について研究することができた」(p.29)

・小林「近代戦で優先するものは航空と電探であるとして、その優先に献身的努力を傾注された」(p.256)

・元陸軍大臣宇垣一成「陸軍省の課長として局長として次官として、軍務の整理や軍の科学化や、国家総動員の創始や、国民訓練の創設等の重大機務に、私を助けて参画されるところ(中略)精励恪勤、承詔必勤、誠に敏腕」(pp.263-4)

・元陸軍大臣秘書官松谷誠「『元帥は印度駐在武官から大佐の時、陸軍省航空課長、引き続き宇垣大臣が軍事課長に起用した』之が元帥の運勢発展の転機であるという話もある」(p.293)


 もちろん本書は杉山の顕彰を意図したものであり、内容の正確性云々は、私には判別がつきません。またその人間性については、様々な解釈の余地があるでしょう。しかしその点を差し引いてなお、本書が提示して見せた「陸軍エリート」としての杉山元像は私にとって新鮮なものでした。

 杉山という人間に一体何ができて、何ができなかったのか。また何をしようと試み、何をすることを拒んだのか。戦前昭和史を語る上で、帝国陸軍の長を務めた杉山の役割を、もう一度見つめなおす必要があると感じた一冊でした。



〈参考文献〉
参謀本部(2005)『杉山メモ』上、原書房
黒野耐他(2007)『昭和陸海軍の失敗』、文芸春秋


via Twishort Web App

Retweet Reply
Made by @trknov
Tweesome! AI Tweet Generator