診断さんのリクエスト:荒垣&主人公(ペルソナ3) たかなさん(@HeroTakana)から

「……おい」
 巌戸台分寮にある自室の扉を押し開けた荒垣真次郎は、部屋に一歩踏み込んだ姿勢のままぴたりと動きを止めた。
 出かけるときに、一応鍵は閉めていったはずだ。絶対に忘れていないとは言い切れないが、なんとなく記憶は残っている。つまり、今朝この部屋を出てからたった今戻ってくるまでの間、この部屋は間違いなく無人だったはず、ということだ。
 寮の管理人なら、マスターキーくらい持っているだろう。よくよく考えてみれば誰が管理人の責務を果たしているのかじつは知らないのだが、少なくとも目の前にいる人物ではない。
 そう、出かける前に鍵をかけたはずの部屋にいつの間にか入り込んでいた、出動時には現場リーダーを務めるひとつ年下の仲間ではないはずだ。
「おかえりなさい、荒垣さん」
 暇そうに椅子へと背を預けていた彼が、けだるそうに身を起こす。眠いのかなんなのか、ぼんやりと荒垣に向けられた視線には覇気もなにも見られない。
 大人しそうに見えても、この男は確固たる信念で我が道を突き進む一筋縄ではいかない人間だ。押しても引いても曲がらない偏屈な頑固さはないが、どんなに強い圧をかけられてもそれをすべてしなやかにそれを受け止め、さらりと受け流してしまう強さがある。
 それは、主に視線の強さに表れていた。なのに、今はそれすら見られない。
 ──もしかして、具合でも悪いのだろうか。
 一瞬そんな懸念が脳裏をよぎるが、もしそうであればさっさと自室に引っ込むだろう。なにも施錠されていた荒垣の部屋に入り込んで、暇な時間を持てあます必要はない。
 だとすれば、別の目的があるはずなわけで。
「俺の部屋でなにやってんだ、お前」
「お腹すいちゃって」
「…………」
 疑問には、あっさりと答えが返された。ついでに、まったくもって覇気が感じられない理由も判明する。
 力を込めたらほっそりとした体躯をしているくせに、この男はとんでもない大食漢なのだ。燃費が悪すぎるとしか言いようがない。
 そして、腹が減りすぎるとこうなるのだ。本人曰く省エネモードらしいが、自覚しているのならそうなる前にさっさとなにか食えと思う。
 なのにそうせず、わざわざ荒垣の前にやってきてそれを主張する理由。
 それを、荒垣は知らない。目の前の男に聞こうとは思わないし、聞いても答えてくれる気はしない。
「荒垣さんの作ったごはんが食べたいです」
 ただ、この男がこうした甘えを他の奴には見せないことを知っているから。
 追い出すことなど、出来るわけがないのだ。
「……なにが食いたいんだ」
 開けたばかりの扉を手で押さえたまま、きびすを返す。自身の願いが受け入れられたことを察した客人が、音を立てて椅子から立ち上がった。
 部屋の出口へと向かってくる男は、ほとんど足音を立てない。
「荒垣さんが作ってくれるならなんでも嬉しいですけど、強いて言うなら今は洋食の気分かな」
「洋食、か」
 かすかな足音が近づいてくるのを感じながら、冷蔵庫の中身を思い出す。さて、買い物へ行かずに作れるものはあるだろうか。
 否、あまりその期待はしないほうがよさそうだ。寮のキッチンで料理をすれば、誰かしらの目に止まるのは目に見えている。見つかればきっと、そいつらも食べたがるだろう。なにしろ、高校生は食べ盛りだ。若干一名ほど小学生も混じっているが、育ち盛りには変わりない。
 そんなことを考えていたら、隣に並んだ男がおもむろに口を開いた。
「材料なら、キッチンの冷蔵庫にいろいろ詰め込んでおきました」
「…………」
 どうやら、考えを読まれていたらしい。
「玉子もジャガイモもキャベツもニンジンも玉ねぎもカリフラワーも牛乳も鶏肉もピーマンもチーズもニンニクもありますよ。米はまだあったんで買ってないです。バターもオリーブオイルも補充してあります」
「なら……オムライスと野菜のポタージュでどうだ」
 つらつらと挙げ連ねられた材料の数々を頭の中で転がしながら、思いついたメニューを口に出す。
 オムライスなら、チキンライスさえ山盛り作っておけば他の連中が食べたがってもなんとでもなるだろう。ポタージュもひとり、ふたり分作るのと大人数の分を作るのとではさして手間の差はない。残ったとしても、勝手にあっためて食えと言っておけば明日あたりにはきれいさっぱり消えている未来が見えた。
 とりあえず、めいっぱい材料を買ってくるという労力を自発的に払った人物の意向を最優先にするべきだろう。そう考えて、視線を投げれば。
「美味しそう」
 日頃あまり動かない表情が、嬉しそうに笑み崩れる。
 それを目の当たりにしてしまうと、特に理由もなく腹の中でもやもやしていたなにかが、大体どこかへ消え失せてしまうのが不思議だ。
「じゃ、それで」
「はい」
 機嫌良く返事を口にしたそいつの背を押して、部屋の外へと追い出す。
 先刻までとは打って変わって足取り軽く廊下を歩き出した足音を聞きながら、荒垣は開けたばかりの部屋の鍵を閉めた。


08:28 AM - 22 Oct 15 via Twishort website

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