@arudebaran60y
天地人★アルデバラン★星花愛

B8650 ◎■原優治様:自由主義を基本とする日本としては、国が主要企業の大株主として登場する事はあってはならない事だった。もう、日本の証券市場は上場企業の実勢を表す透明性を失ってしまった。この責任を誰が取るのか。 https://twishort.com/FRVkc

B8650①■原優治様:又証券市場のあるべき機能を誰が回復させるのか。御用学者や研究者、評論家では対応できないだろう/■SS様:日本は、何もかもケアできない所迄放り込んでしまったのです。その前に止めておくべきだったのに。 https://twishort.com/FRVkc

B8650②■SS様:今後、失われた何十年が来るのでしょうか?愚者が政所を司るととんでもない悲劇がもたらされる。物語の中であればスリリングで良かったのですが、現実であることからすると悲観的にならざるを得ないです https://twishort.com/FRVkc

B8650③■原優治様:こうなってくると、為政者のみならず衆愚と化した大衆に対する天地の怒りは凄まじく、天災地変に気をつけて戴きたい/■KK様:識者の警告を全て無視し自政権浮揚の為に国民の資産を注ぎ込んでしまった罪は重すぎます https://twishort.com/FRVkc

B8650④■TT様:先生!歴史は、繰り返すと言いますが。先生の用心深い皆様方への呼び掛けが、預金封鎖への防衛対策と思いました/■東京新聞※1:<戦後71年目の経済秘史>(上)禁じ手」再び待望論 https://twishort.com/FRVkc

B8651 ◎■東京新聞※1:預金封鎖で父が変わったと語る内田イネ=東京都八王子市で/終戦から71年目の夏が訪れた。終戦は日本経済の破たんでもあり、人々は負の遺産から立ち上がるしかなかった。 https://twishort.com/FRVkc

B8651①■東京新聞※1:体験者が少なくなると共に風化しがちな当時の記憶をたどり、「いま」への教訓を探る経済秘史は-。「皆さんの貯金の自由な払い出しは禁じられます」。終戦から半年後の1946=昭和21年2月16日、土曜日の夕 https://twishort.com/FRVkc

B8651②■東京新聞※1:蔵相の渋沢敬三がラジオで国民に驚きの内容を語りかけた。下ろせるのは最低限生活に必要な額だけ。手持ち現金も預金しない限り、新札導入で紙切れに変わる。「預金封鎖」の強権策だ。 https://twishort.com/FRVkc

B8651③■東京新聞※1:半年でコメの価格が3倍上昇するなど悪性インフレが進行する中、お金を強制的に預金させて物価を抑え込む戦略だ。だが、インフレに歯止めはかからず、人々の預金は無価値同然になった。 https://twishort.com/FRVkc

B8651④■東京新聞※1:「全財産を失った。悔しいったらなかったよ」。長野県高齢者生活協同組合が2009年に纏めた聞き取り調査に当時86歳の上地ミキエは語った。長野県松本市の老舗旅館のおかみだった。戦争で経営に窮して旅館を売却 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑤■東京新聞※1:代金5万円、現在価格で2千万円を預金していたが、紙切れ同様になったのだ。夫も亡くし戦後は「子どもを育てるため、結核療養施設のメシ炊きとしてがむしゃらに働いてきた」 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑥■東京新聞※1:東京都八王子市に住む内田イネ(78)の父親は預金を失って自暴自棄に陥った。酒を飲んでは暴力を振るう父。家は極貧状態に陥った。「お金の価値が無くなるほど恐ろしいことはない」と、イネは振り返る。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑦■東京新聞※1:戦争に続き人々の人生を狂わせた預金封鎖の原因は戦時中の借金財政。国は国債を大量に発行して日銀に売却、そのお金で軍備増強した。大戦末期の国の債務は国内総生産(GDP)比204%まで膨張。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑧■東京新聞※1:戦後、政府が軍人への退職金や軍需物資の未払い金を払い出すと世の中にお金が溢れインフレとなって爆発/「打ち出の小槌」の様に日銀を利用した戦中の反省から政府が日銀に国債を直接売る事は戦後、財政法で禁止された https://twishort.com/FRVkc

B8651⑨■東京新聞※1:だが今、国の債務がGDP比215%=昨年度末と戦時も超える中、金融市場では当時を思わせる策を求める声が高まってい。ヘリコプターマネー。政府が国債を日銀に売ったお金を公共事業や現金給付を通じばらまく政策 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑩■東京新聞※1:禁じ手だった筈の政策が亡霊の様に蘇ってきている/◆歯止め利かぬ「カンフル剤」:ある街にヘリコプターが飛んできて、大量の紙幣をばら蒔いたらどうなるか。住人は急いで拾って買い物に使う。モノの値段は屹度上がる https://twishort.com/FRVkc

B8651⑪■東京新聞※1:「ヘリコプターマネー」は経済学者の故ミルトン・フリードマンが1969年に著書で示した政策だ。デフレ脱却を掲げる黒田日銀は今迄銀行が持つ国債を大量に買い取り、3百兆円超のお金を銀行に渡してきた。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑫■東京新聞※1:だが銀行は貸し出しに回さず日銀の口座に積んでおくばかり。これを打開しようと「日銀が国債と引き換えに政府に直接お金を渡し、政府が使う事で世の中にお金をばらまくしかない」との発想がクローズアップされる。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑬■東京新聞※1:この政策を支持する米連邦準備制度理事会=FRB前議長バーナンキが今年7月来日し、安倍首相と会談。安倍が「政府と日銀が一体となって政策総動員する」と繰り返している事も「ヘリコプターマネー」導入の観測を呼ぶ https://twishort.com/FRVkc

B8651⑭■東京新聞※1:導入論者は同政策をデフレから脱却する為の一時的な「カンフル剤」と位置付ける。アベノミクスの理論的支柱である米エール大名誉教授の浜田宏一も「一回だけならやってみる価値はある」と雑誌にコメントした。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑮■東京新聞※1:しかし、金融史に詳しい東大名誉教授の伊藤正直は「『1回だけ』で終わらせられるかは疑問」という。日銀による国債引き受けは1931=昭和6年に蔵相になった高橋是清が始めた政策だ。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑯■東京新聞※1:当時の日本は米国の株式市場の暴落と直前の緊縮財政が重なり「昭和恐慌」といわれる深刻な不況に陥っていた。首相や日銀総裁も務めた大物政治家として知られた高橋。発行した国債を日銀に直接売って膨大な資金を調達 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑰■東京新聞※1:そのお金を使って、農村の土木事業や、植民地・満州(中国東北部)の開発、軍備の増強を行ったのだ。だが、不況が終わった後も軍の予算の増額要求は強まる一方だった。高橋は軍事費膨張を抑えようとするが https://twishort.com/FRVkc

B8651⑱■東京新聞※1:1936=昭和11年2月「226事件」で、自宅二階で青年将校らに銃殺される。その後の内閣は、軍の要求の儘に強制的に国債を乱発。最後は戦後に人々の預金が切り捨てられる形で国民にツケが回った。伊藤は言う。 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑲■東京新聞※1:「短期的な不況対策のはずが、止まらなくなった。いったん、安易にお金を調達し出すと、軍部の財政要求を抑えられなくなった経緯が、ヘリコプターマネーの危険性を示しているのではないか」 https://twishort.com/FRVkc

B8651⑳■東京新聞※1:◆「経済秘史」発売中:戦後70年を迎えた昨年を機に本紙が日本経済の数々の秘話を発掘した長期連載を纏めた「人びとの戦後経済秘史」(岩波書店)が発売中です。戦時から高度成長、バブル崩壊まで。 https://twishort.com/FRVkc

B8651㉑■東京新聞※1:当事者の証言から今後のくらしと経済へのヒントも浮かび上がります。四六判、224ページ、2052円。連載原題は「戦後70年 甦る経済秘史」 https://twishort.com/FRVkc

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※1 ■東京新聞<戦後71年目の経済秘史>(上)禁じ手」再び待望論: http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201608/CK2016081102000238.html 2016年8月11日 朝刊


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■原優治様:自由主義を基本とする日本としては、国が主要企業の大株主として登場することはあってはならないことだった。もう、日本の証券市場は上場企業の実勢をあらわす透明性を失ってしまった。

この責任を誰が取るのか。また証券市場のあるべき機能を誰が回復させるのか。御用学者や研究者、評論家では対応できないだろう。



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■SS様:日本は、なにもかもケアできないところまで放り込んでしまったのです。その前にやめておくべきだったのに。今後、失われた何十年が来るのでしょうか?愚者が政所を司るととんでもない悲劇がもたらされる。物語の中であればスリリングで良かったのですが、現実であることからすると悲観的にならざるを得ないです。
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■KK様:識者の警告を全て無視し自政権の浮揚のために国民の資産をつぎ込んでしまった罪は重すぎます。
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■原優治様: こうなってくると、為政者のみならず衆愚と化した大衆に対する天地の怒りはすさまじく、天災地変に気をつけていただきたい。
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■TT様:原優治先生
歴史は、繰り返すと言いますが。
原先生の用心深い皆様方への呼び掛けが、預金封鎖への防衛対策と思いました。

東京新聞:<戦後71年目の経済秘史> (上)「禁じ手」再び待望論:経済(TOKYO Web) 東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201608/CK2016081102000238.html 2016年8月11日 朝刊

預金封鎖で父が変わったと語る内田イネ=東京都八王子市で
 終戦から七十一年目の夏が訪れた。終戦は日本経済の破たんでもあり、人々は負の遺産から立ち上がるしかなかった。体験者が少なくなると共に風化しがちな当時の記憶をたどり、「いま」への教訓を探る経済秘史は-。
 「皆さんの貯金の自由な払い出しは禁じられます」。終戦から半年後の一九四六(昭和二十一)年二月十六日、土曜日の夕。蔵相の渋沢敬三がラジオで国民に驚きの内容を語りかけた。
 下ろせるのは最低限生活に必要な額だけ。手持ち現金も預金しない限り、新札導入で紙切れに変わる。「預金封鎖」の強権策だ。
 半年でコメの価格が三倍上昇するなど悪性インフレが進行する中、お金を強制的に預金させて物価を抑え込む戦略だ。だが、インフレに歯止めはかからず、人々の預金は無価値同然になった。 
 「全財産を失った。悔しいったらなかったよ」。長野県高齢者生活協同組合が二〇〇九年にまとめた聞き取り調査に当時八十六歳の上地ミキエは語った。長野県松本市の老舗旅館のおかみだった。戦争で経営に窮して旅館を売却。代金五万円、現在価格で二千万円を預金していたが、紙切れ同様になったのだ。夫も亡くし戦後は「子どもを育てるため、結核療養施設のメシ炊きとしてがむしゃらに働いてきた」。
1946年2月17日の中部日本新聞の紙面
写真
 東京都八王子市に住む内田イネ(78)の父親は預金を失って自暴自棄に陥った。酒を飲んでは暴力を振るう父。家は極貧状態に陥った。「お金の価値が無くなるほど恐ろしいことはない」と、イネは振り返る。
 戦争に続き人々の人生を狂わせた預金封鎖の原因は戦時中の借金財政。国は国債を大量に発行して日銀に売却、そのお金で軍備増強した。大戦末期の国の債務は国内総生産(GDP)比204%まで膨張。戦後、政府が軍人への退職金や軍需物資の未払い金を払い出すと世の中にお金があふれ、インフレとなって爆発した。
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 「打ち出の小づち」のように日銀を利用した戦中の反省から政府が日銀に国債を直接売ることは戦後、財政法で禁止された。
 だが、いま国の債務がGDP比215%(昨年度末)と戦時も超える中、金融市場では当時を思わせる策を求める声が高まっている。
 「ヘリコプターマネー」。政府が国債を日銀に売って得たお金を公共事業や現金給付を通じばらまく政策だ。禁じ手だったはずの政策が「亡霊」のようによみがえってきている。(池尾伸一、敬称略)
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◆歯止め利かぬ「カンフル剤」
 「ある街にヘリコプターが飛んできて、大量の紙幣をばらまいたらどうなるか。住人は急いで拾って、買い物に使うだろう。モノの値段はきっと上がるだろう」。「ヘリコプターマネー」は経済学者の故ミルトン・フリードマンが一九六九年に著書で示した政策だ。
 デフレ脱却を掲げる黒田日銀はこれまで銀行が持つ国債を大量に買い取り、三百兆円を超えるお金を銀行に渡してきた。だが銀行は貸し出しに回さず日銀の口座に積んでおくばかり。これを打開しようと「日銀が国債と引き換えに政府に直接お金を渡し、政府が使うことで世の中にお金をばらまくしかない」との発想がクローズアップされる。
 この政策を支持する米連邦準備制度理事会(FRB)前議長のバーナンキが今年七月来日し、首相の安倍晋三と会談。安倍が「政府と日銀が一体となって政策総動員する」と繰り返していることも「ヘリコプターマネー」導入の観測を呼ぶ。
 導入論者は同政策をデフレから脱却するための一時的な「カンフル剤」と位置付ける。アベノミクスの理論的支柱である米エール大名誉教授の浜田宏一も「一回だけならやってみる価値はある」と雑誌にコメントした。
 しかし、金融史に詳しい東大名誉教授の伊藤正直は「『一回だけ』で終わらせられるかは疑問」という。

 日銀による国債引き受けは一九三一(昭和六)年に蔵相になった高橋是清が始めた政策だ。当時の日本は米国の株式市場の暴落と直前の緊縮財政が重なり「昭和恐慌」といわれる深刻な不況に陥っていた。
 首相や日銀総裁も務めた大物政治家として知られた高橋。発行した国債を、日銀に直接売って、膨大な資金を調達。そのお金を使って、農村の土木事業や、植民地・満州(中国東北部)の開発、軍備の増強を行ったのだ。
 だが、不況が終わった後も軍の予算の増額要求は強まる一方だった。高橋は軍事費膨張を抑えようとするが、三六年二月「二・二六事件」で、自宅二階で青年将校らに銃殺される。
 その後の内閣は、軍の要求のままに強制的に国債を乱発。最後は戦後に人々の預金が切り捨てられる形で国民にツケが回った。
 伊藤は言う。「短期的な不況対策のはずが、止まらなくなった。いったん、安易にお金を調達し出すと、軍部の財政要求を抑えられなくなった経緯が、ヘリコプターマネーの危険性を示しているのではないか」
 (池尾伸一、敬称略)

◆「経済秘史」発売中
 戦後七十年を迎えた昨年を機に本紙が日本経済の数々の秘話を発掘した長期連載をまとめた「人びとの戦後経済秘史」(岩波書店)が発売中です。戦時から高度成長、バブル崩壊まで。当事者の証言から今後のくらしと経済へのヒントも浮かび上がります。四六判、二百二十四ページ、二千五十二円。連載原題は「戦後70年 甦る経済秘史」。
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