@mhj333
人間の普遍的な心理

緊急ミッション:上着を返却せよ!(10CPで達成)(嘘)

 

 無崎弥音は虚弱である。レーダーチャートを見ればわかる。めっちゃ姫キャしていた。たとえクラス57名のうち誰かが今まさにインフルエンザを発症していたとしても彼女が斃れる速度には追い付けないかもしれない。その虚弱さは時代の最先端を行き、行く手に健康という言葉が立ちはだかればその未来ごと改変され、あわば「最弱設定は禁止ですよ!」と世界の修正力にすら追い立てられる可能性があった。つまり普通に、真っ先に根を上げた。秒で動けなくなった。あっちゅーまだった。床と一体化した。ダメそうだった。
 でも割といつものことだったので、みんな普通に対応した。つまり放っておいたのだった。
 いつもどおりじゃなかったのは、そこが異世界であり、保健室はない、という点だけだった。

「あら、B班は待機なのね? 無崎さんのせいかしら?」
 燃のそういうところもいつも通りだし、話しかけられている無崎も何も言わないので、まあつまり誰も気にしなかった。というか多分本人としては気にかけて話しかけているのだ。多分。そうだと思うよね?

「へっくしょい」
 五月だったが、周囲には奇妙な風があった。嗅ぎなれない匂いの空気。
 無崎はいつもと変わらなかったが、周囲の風景はみんないっぺんに変わってしまった。誰の手も借りずに生きているような顔をしやがって。
 ひとからもらったキットカットを食べて、キャンプファイヤーのそばに体育座りで転がっている。

「くしゃみしてるじゃないッスか」

 断った上着が浴びせかけられた。こいつは――

「女の子は身体冷やしちゃいけないって教わったッス」


 ――誰だ?



 *



 うん、多分クラスメイトだった。
 でもそれどころじゃなかった。無崎はぐらぐらしていた。どのぐらいの時間が過ぎた? キャンプファイヤは絶えない。誰かが火を保持している。みんな眠れていない。いや寝てるのもいるか。膝が固まりそうで足を延ばしてみても目の前のささやかな火の向こう側からマッチ売りの少女的な幻影が湧いてくることはなかった。ただぐらぐらとしている。現実感も寝不足も、トタンの壁も少し遠くではみ出しているバスも、燃え続ける火も人生も、地面も存在意義も、キットカットも小枝もトッポも、

「大丈夫? あれ、それ」

 気が付くと、氷高と戸塚が戻ってきていた。

「無崎大丈夫か?」
 戸塚。あーわかる。洞察力だ(すごい)。氷高と一緒にいる。あと名前呼ぶ。

「男子の上着じゃん。誰の?」
 こっちは氷高。上着……誰かに借りたのだが、誰だったんだか無崎は思い出せない。うそ。思い出せないんなじゃくて、顔も名前もわからない。きっと一年のあいだその人は背景素材として学校生活のフレームのところにいて、だがここには、ただぐらぐらとしている。

「俺じゃない」
「あ、俺でもないよ! 俺さっき落とし穴があってさ!? いや誰も助けてくれなくて」←これ増田
「あんたらが違うのはわかるから。そもそも着てるじゃん」
「返しそびれたのかな? 無崎こういうの受け取らなさそう」
「ん~かも?(わからん)」
「誰のかな~」
「誰のでもいいじゃん!!? 誰かちょっと来てマジであの穴を埋めたい」←これ増田
「むっちゃんおきて、上着誰のかおしえて」
 起きてる。わかんない。
「よし、B班の誰かだよな? つまり出席番号が偶数の誰かだ!」
「すご~い戸塚、何一つ特定できない分析ありがとう」
「どいたま!!!」
「ん~見た感じみんな上着着てるか、かけて寝てるなあ」
「うるさい」

 キャンプファイヤの向こう側で、誰かがうつむいていた顔を上げた。キリンが揺れた。

「寝れない」

 それだけ言ってまた伏せた。

「おゥっ……あッ……ごめん……ちょっと声デカかった……」
「そうだよデカいよ、30cmぐらい削って」
「背のほう~~~!!!」
「デカいって声」
「悪い、悪いってごめんて」

 実をいうといま敷いて寝ているのも自分の上着じゃない。白南風のだ。拒否できなかった。眠くて。
 本当は誰かに頼りたくはなかった。ひどいそれは耳鳴りのようなものだ。耳鳴り。ほとんどそれ。意味はない。木目が人の顔に見えるようなもの。風が怒りに聞こえるようなもの。誰の手も借りずに生きているような顔をしているんだよな。みんな暗闇の中にいる。手を伸ばしている。わずかな明かりをむさぼっている。感情をたぐり寄せている。与えることは一方的な行為じゃない。受け取るほうは? 興味がないから覚えていないだけ。ひとつひとつの行為が無言のまま言語化されていて、私にはそれが聞こえない。ここには何もない。いつもそう。だがそれだけでは終わらない。いつもそうなんだから今日もそう。だよね?

(うるさいな。ほっとけ。無崎弥音はヘアピンを失った右耳を手で塞ぐ。そして眠る。このSSは終わる。)
















「――何やってんスか?」
「何って、みりゃわかるだろ、こんなとこに穴あいてたらあぶないから埋めてんだよ!」
「そッスか」
「そんなお前は何やってんの」
「走ってきたッス。眠れなくて。ほどよく疲れてきたから戻ってきたッス。あとはこのまま鞄ダイブで寝ッス」
「そっかぁ! ねえ手伝って!」
「ッスや……」
「クソッなんでどうして」


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